野球

【剛球ストッパー】与田剛投手の成績、年俸の推移

東海地方出身で中日ドラゴンズファンのイカリです。

ここ数年はBクラスに甘んじており、ファンとしてもなかなかつらいシーズンを過ごしています。

2018年シーズンが終わり、次期監督として1990年に「剛腕ストッパー」として新人王を獲得した与田剛氏が就任しました。その剛速球と名前から剛球投手と呼ばれました。

新人で31Sを達成してセーブ王となり、鮮烈なデビューを果たしました。しかし2年目は活躍できず、3年目に復調の兆し(23S)を見せたものの、以降は度重なる怪我のため他チームに移籍を繰り返しました。ところが復活できずに阪神タイガースで引退。

その後は解説者やNHK「サンデースポーツ」のキャスター、日本代表チームの投手コーチ、楽天イーグルスの投手コーチなどを経てきました。

新監督となる与田剛氏の経歴、成績、そして年俸の推移を追ってみます!

「剛球ストッパー」与田剛の経歴

  • 生年月日:1965年12年4日生
  • 出身地:千葉県君津市
  • 身長:182cm
  • 体重:84kg
  • 経歴:木更津中央高等学校→亜細亜大学→NTT東京
  • ドラフト:1989年ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団
  • プロ野球年数:11年(中日1990~96、ロッテ96~97、日ハム98~99、阪神2000)
  • タイトルと表彰:最優秀救援投手、新人王(1990年)

他球団のドラフト同期には野茂英雄、古田敦也、佐々木主浩、佐々岡真司、前田智徳、新庄剛志、潮崎哲也、石井浩郎、小宮山悟とそうそうたる顔ぶれが並びます。

1990年8月15日の広島戦(広島市民球場)で157km/hの球速をたたきだし、当時の日本人プロ最速を記録しています。

また、1996年はシーズン途中にロッテの内藤尚行(ギャオス内藤)とのトレードで移籍しています。



与田剛投手の成績と年俸推移

年度球団試合勝利敗戦防御率推定年俸
1990中日5045313.26720万
1991中日290323.182600万
1992中日4125233.482100万
1993中日151339.783500万
1994中日703012.003400万
1995中日510012.003000万
1996中/ロ00002500万
1997ロッテ00002100万
1998日ハム00001800万
1999日ハム10009.001550万
2000阪神00001300万
通算148819594.582億4570万

※太字はリーグ最高

やはり初年度の活躍がめざましいですね。鮮烈なインパクトを残した、典型的な短命選手でした。

なお報道によると、監督としての推定年俸は1億円とのことです。

与田剛氏のエピソード

150km/hを超える剛球

往年の勇姿はこちらの動画で確認できます。ダイナミックな投球が印象深いですね。

僕は当時のことをよく覚えていて、与田の剛球に熱狂したファンのひとりでした。短命ではありましたが、しっかりと記憶に残っている選手です。

肩幅

なんといっても肩幅の広さ。約60センチはあるとされ、180センチ男性の平均42センチを大きく上回ります。

松井秀喜氏との比較画像です。左が与田氏。あの松井氏より、明らかに肩幅が広いです!

強気かつ慎重な性格

死球を与えてもなかなか頭を下げず、1994年6月22日の対横浜戦でグレン・ブラッグスに危険な内角球を投げた際にも、与田は謝りませんでした。


※ブラッグス選手

ブラッグスはマウンドに駆け寄り、与田にパンチを繰り出して両軍入り乱れての大乱闘。その場で退場になった与田(ブラッグスも同じく退場)はベンチでグローブをベンチシートに思い切り叩きつけました。

このような強気の性格である一方、2009年ワールド・ベースボール・クラシック日本代表投手コーチとしてはこんなエピソードも。

大差のリードがある試合、ブルペン待機中の投手陣にベンチに戻って応援するよう指示した山田久志投手コーチに対し、「何があるかわからないから戻らなくていい」と返して意見が対立したことがありました。

決して気を抜かない、慎重であり、楽観的にならずにリスクヘッジできるコーチであることがわかります。

「努力」「頑張る」が嫌い

講演会で、

「努力」や「頑張れ」という言葉が私は嫌い。代わりに昔から私は「準備」という言葉を使っている。目標のために準備をしてください。

自分よりうまい人が練習していたら私は練習を止めない。その人が練習していないときが差を埋めるチャンス。そこでも練習をする。それが準備。

と話しています。裏返せば「努力」「頑張る」は当たり前のことと考えているのかもしれません。それを前提として「準備」する。この考えが浸透すれば、チームを変えられるかもしれませんね。

越後ジャーナル – 現役最後の1年「感謝の思い出」 燕市教育委員会 与田剛さんスポーツ講演会(上)

夫人は元TBSアナウンサー

与田剛氏の奥さんは元TBSアナウンサーの木場弘子さんです。

与田氏は2009年4月から2011年3月までNHK「サンデースポーツ」のメーンキャスターを務めましたが、引退して解説者の仕事を引き受けた後に、木場さんから話し方や表情の作り方を丁寧に教わったといいます。

これぞ与田氏の言う「準備」ですね。

まとめ

監督は初めてのこととなり未知数ではありますが、コーチ経験は日本代表チーム、楽天イーグルスと経験してきており、また解説者として外から野球を見てきています。

中日ドラゴンズとの関わりは移籍後はほとんどありませんでしたが、往年のファンの中には彼の勇姿が焼き付いている人も多いはず。

そして初仕事なる2018年ドラフト会議で、大阪桐蔭高校の根尾昂選手を4球団競合の末、与田新監督があの豪腕である右手で引き当てました! 

いきなり最高の仕事をしてくれましたね。どのような監督となり、どのような結果を残すことができるのか。とても楽しみです。

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こちらは与田監督の半生を振り返る回想録です。彼の生きざまを理解するには必読の一冊です。