2019年5月21日発売の『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載終了となった『スローモーションをもう一度』(加納梨衣・作)。
1980年代どストライクな僕にとっても、たいへん感慨深い作品でした。
クラスではイケてるグループに属している、一見 リア充な高校一年生・大滝くん。
だけど実は彼には、誰にも言えない「秘密」があった…それは、アイドルや歌、おもちゃなどの「80年代文化」が大好きということ!
自分が大好きなものを誰とも共有できず、一人だけで楽しむ毎日を送っている大滝くん。
そんなある日、クラスで隣の席の地味な女の子・薬師丸ちゃんが自分と同じ「秘密」を持っていることを知って!?
同じ趣味を持った同年代の人間とはじめて会った二人が、一緒に遊ぶようになり、そして、恋に落ちていくという、みずみずしくて胸がキュンとするラブストーリーです。
というのが序盤のあらすじ。
まさに「胸キュンラブストーリー」の名にふさわしい本作。
さっそく、ややネタバレレビューにいってみよう!※一部、イメージを伝えるために作中画像を引用していますが、すべての権利は作者に帰属します
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『スローモーションをもう一度』ややネタバレ感想、レビュー
「80年代」は僕が小学生~高校生あたりを過ごした時代であって、まさに多感な時期を80年代文化とともに歩んできた。
それはもちろん共感を呼ぶのだけれど、僕の心に一番響いたのは、あらすじにもある「自分が大好きなものを誰とも共有できず、一人だけで楽しむ毎日を送っている」という状況。
この作品ではたまたま80年代を扱っているけれど、90年代だっていいし、70年代だっていい。いわゆるサブカルでもいいし、アイドルだってアニメだって漫画だっていい。
とにかく「大好きなものを誰とも共有できない」気持ちが、ものすごくよくわかるのだ。僕自身が同じような体験をしてきたから、主人公の大滝への感情移入はより強くなる。そういう思いをしてきた人って案外多いと思うんだけど、どうだろう。
そんな状況の中、「大好きなものを共有できる人」が現れたら、どれほど嬉しいか。
しかもそれがカワイイ女の子で、いずれ付き合うことになるのだとしたら、どれほど運命を感じることか! 「これは奇跡だ!」と叫びたくなることか!!
……少し落ち着いて感想を続けると、
絵柄はちょっと古めテイストを意識し、ストーリーは80年代ラブコメを地で行くベタな展開、サブタイトルは80年代の音楽タイトルを中心につけられ、登場人物たちも80年代を彷彿とさせる名前……それらがとても面白くて、刺さる刺さる。
基本をおさえたラブコメ展開
1巻の第1話の描写。ふだん学校でまったく目立たない、同級生の薬師丸知世。

これである(なお、このあたりの場面は伏線になっていて、物語終盤で回収された時にはちょっとウルっときたことをここに記しておく)。
そんな薬師丸は自宅の離れにある部屋で一人、アイドルになりきって楽しんでいる。そこへ大滝が忘れ物の定期券を届けるために訪問する。

このやり取りとテンポ。これぞラブコメ。そしていったん落としてから、

目の表情を強調する2人のアップが入り、

引いた画になり、2人静止した姿勢で思わず本心を呟く大滝。この構成、構図が素晴らしい。
その後、「この部屋、いい!」と大滝は取り繕うのだが、この瞬間、大滝の心に薬師丸に対する何らかの感情が芽生えたことは明白である。
1話のラスト、大滝は帰りの途上、「はじめて人といて楽しいと思った」と心の中で思う。
恋人だけでなく、友人でも本当に楽しいと思う。僕も「そうだよね~」と感慨を抱きながら、ページをめくり続けていく。
80年代を意識したサブタイトル、キャラクター名
サブタイトルは、
- 少女A
- 探偵物語
- スケバン刑事
- セーラー服を脱がさないで
- 愛してナイト
- ミ・アモーレ
- 飾りじゃないのよ涙は
- DESIRE
- たとえばこんなラヴ・ソング
- モニカ
- 翔んだカップル
- ジュリアに傷心(ハートブレイク)
- GetWild
- 元気を出して
- スローモーション
といった具合。見た瞬間に「80’s!」と叫びたくなるほどの名作ばかり。
なお、1話サブタイトルは「少女A」、最終話が「スローモーション」である。
相当久しぶりに聴いたのだけど、めちゃくちゃいいですね。ええ、明菜派でした。
中森明菜でいえば、「飾りじゃないのよ涙は」「ミ・アモーレ」「DESIRE」の、ちょっと大人っぽい歌にも憧れを抱いて、テレビ番組をラジカセで録音して、かなり聞き込んでいた。勝手に「明菜ベスト」を作ったり。今も似たようなことをしているけれど。
ちょっと話が飛んだので軌道修正して、キャラクター名。
- 大滝洋樹(大滝詠一)
- 薬師丸知世(薬師丸ひろ子+原田知世)
- 宇崎さん(宇崎竜童)
- 中井戸くん(中井戸麗市)
- 小泉さん(小泉今日子)
が主要キャラクター。80年代全開!
しっかりと描かれるキャラクターの成長
また、全7巻という短いお話でありながら、キャラクターたちはしっかりと成長を見せてくれる。
大滝はもちろん、何といっても最も成長したのはヒロインの薬師丸。彼女の成長物語と言っても良いくらいだ。
登場時は前髪で目を隠し、人とのコミュニケーションを断っていた薬師丸だったが、大滝と交流することで交際に発展し、すれ違いや信頼を重ねるごとに強くなっていく。
ラストでは「聖子ちゃんカット」でファッションショーのステージ(手芸部のイベントではあるが)に上がり、たどたどしいながらも思いの丈を観客に吐露する姿には感動した。
少し長いが、ここに引用する。
(松田聖子「SWEET MEMORIES」をBGMに)
私は昔の文化にしか興味が持てなくて、ずっと周りと合わせられず、友達も作れずにいました……。(中略)
正直、寂しいと思うこともありました。(中略)
そんな自分を好きになれなかったこともありました。でも、私は…私は今…

きっとみんな…「後悔してる過去」ってあると思うんです…。
なんであの時あんなことしてしまったんだろうとか、なんであの時あれと出会っちゃったんだろうとか…。
でも…私は、そんな過去を否定しないって決めたんです。(中略)
私は、どんな過去も、切り捨てるのではなく、受け止めて、一緒に生きていこうと思っていますーー。
未来の幸せと、これからも出会い続けていくために…。
先にも書いたが、対象は何だっていい。
後悔するほどの過去であっても、否定しない。未来の幸せのために。
そういう過去は僕にもあるし、誰にだってあると思う。否定したいけれども、過去は消せないのだから、受け止めるしかない。
人生は大なり小なり選択の連続だし、そのひとつひとつに結果は必ず生じる。過去があるから現在があり、未来がある。どんな過去であろうと、幸せな未来が待っているのなら、そこへ繋がっている。
彼女の言葉は、希望に満ちあふれている。さまざまな過去があったからこそ、自信をもって言える言葉だ。
そして、序盤から語られていた父親の行方不明と母親との確執。そのサイドストーリーもラストにかけて見事に回収していく。過去と戦っていたのは薬師丸だけでなく、母親もまたそうだったのだとわかる。
父親の行方不明の理由も判明するが、それは決して裏切りではないのだとわかり、悲しいけれど多少なりとも救われる気分になった。
読後感の良い、心がとても温かくなる作品だった。
まとめ
ただの「回顧漫画」と思うことなかれ。
「80年代」はこの作品の大きなテーマだが、通底するのは「過去を受け入れること」。この普遍的なテーマをきちっと書き上げているところが、本作の最大の魅力だ。
最後の薬師丸の言葉は、ちゃんと僕の心にも届いた。ひとりでも多くの方に、この作品が届くよう願っています!
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