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『恋は雨上がりのように/眉月じゅん』ややネタバレ読書レビュー、感想

「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載最終回を迎え、2019年4月27日に最終巻(10巻)が発売された『恋は雨上がりのように』。

結末に対して一部ネット上では炎上していたようだけれど、最終巻を読む限り、なぜ炎上したのか僕には理解できないほどのすばらしいラストでした!

『恋は雨上がりのように』あらすじ

橘あきら。17歳。高校2年生。
感情表現が少ないクールな彼女が、胸に秘めし恋。
その相手はバイト先のファミレス店長。

ちょっと寝ぐせがついてて、
たまにチャックが開いてて、
後頭部には10円ハゲのある
そんな冴えないおじさん。

海辺の街を舞台に
青春の交差点で立ち止まったままの彼女と
人生の折り返し地点にさしかかった彼が織りなす
小さな恋のものがたり。

というのが、あらすじというか、Amazonの作品紹介文。

店長(近藤正己)の設定が自分と5つくらいまるかぶりしているので、どうしても店長のほうに感情移入してしまうのは、まあ致し方ないところ。

なお、舞台となった街は神奈川県の元住吉(ファミレス「ガーデン」)、日吉(店長の自宅)、桜木町(あきらの自宅)あたり。

それではさっそく、ややネタバレレビューにいってみよう!(『羅生門』のややネタバレもありますので、ご注意ください)

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ややネタバレ感想、レビュー

序盤

17歳の女子高生が、45歳のバツイチ子持ちのおっさんに恋をする。

ほとんどファンタジーな設定に思えるのだけれども、その出会いと、あきらが店長に惹かれた理由は、作中でしっかり描かれている。

きっかけは、ほんのさりげない店長の気配りだった。これで恋をするのか? と思われるが、恋の芽生えというものは、そういうものかもしれない。

印象とタイミング、である。

店長の行為は、あきらに強烈な印象を残した。逆にいえば、あのとき、あの気持ちでいるあきらでなければ、スルーされていたかもしれない。

絶妙なタイミングで、店長は無意識(あるとすれば、ちょっとした手品で元気づけようとしただけ)にあきらの心を惹く行いをしてのけたのだ。

中盤

このあたりは定番のストーリー進行で、やきもきした関係が続いていく。

しかし、

  • あきら:陸上(怪我による挫折)
  • 店長:小説(作家を志して執筆を続けている)

という、お互いに心の底部には「目指したいもの」が燻っており、このあたりの心の葛藤、熱さというものが、たびたび描かれている。

そしてこれはラストに向けての大きな伏線になっていく。

終盤

最終巻は、ほぼ2人の描写で進んでいく。

途中、店長があきらと同級生だったら……という空想世界の描写が入る。

これはきっと、二人が同級生だったとしても、惹かれ合っていたことを示唆しているのだろう。

年齢、境遇、立場……そういった現在抱える違いを排除し、「同じ高校生」という条件だけであっても、互いに恋をするという結末に収束していくのだ。

しかし現実は残酷であり、二人の間に横たわる28年もの歳月の差がまざまざと突きつけられる。

それに、彼女は本心では「また陸上競技(短距離走)に打ち込みたい」と思っていることを、店長は見抜いている。なぜなら、自分もまた小説に打ち込み続けているからだ。

※この先、「やや」と言いつつ、結構なネタバレに触れています。ご注意ください。

結末

明らかに店長もあきらに惹かれている。

でも、あきらが本当に目指したいものを犠牲にさせるわけにはいかない。あきらにとっての今は、とても貴重な時間なのだ。

だから、店長は彼女の背中を押す。

  • 「君にもあるんじゃないのか? 待たせたままの……季節の続きが」と

そんな店長の発言に、あきらは「走りたい……!」と涙を流す。

その後、店長は車であきらを自宅に送る。別れ際にあきらは「じゃあ店長……またガーデンでっ!」と言うが、店長は笑みを浮かべながら何かをあきらに伝える。茫然とするような彼女を残して、車は立ち去る。

そして自宅に戻ったあきらは、「雨やどりしてただけだよ。もう大丈夫」と心配していた母に笑顔で言う。

この瞬間、あきらの恋は終わったのだ。店長が何を言ったのか書かれていないけれど、あきらにそう思わせる何かを伝えたのだろう。

その車の中で、『羅生門』について会話するシーンがある。

「『羅生門』の下人のとった行動はどう思うか」という国語のプリントの問に、あきらがどう答えたか、と店長がたずねる。

芥川龍之介『羅生門』ややネタバレあらすじ

羅生門で雨宿りをしていたとある下人。彼は仕事を首になって、「盗人になるしかないのか」と思い詰めるが、なかなか勇気が出てこない。

ふと気づくと老婆がおり、彼女は死体の髪の毛を抜いていた。下人は「悪」に対する憎しみにかられる。

問いただされた老婆は、「この髪の毛をカツラにして売ろうとした。これは生きるためにしている。この死人だって、生前は悪事を働いていた。だから私を許すはずだ」と答える。

下人はその言葉に逆に勇気がわいてきて、「ならば、俺もこうしなければ餓死をする。俺を恨むなよ」と言って、老婆の着ているものをはぎとり、羅生門から立ち去った。

この下人の行動に対し、あきらはこういう解答をしていた。

あきら
あきら
下人の勇気が、今後彼の人生にプラスに働けばいいなぁと思います。

これに対して店長は「俺には文学を捨てる勇気がなかった」と言う。

しかしあきらは、

  • 捨てなかった勇気じゃないんですか?

と切り返すのだ。そして店長は、「橘さんのそういうところ、僕は好きだよ」と応じる。

これは完全に僕の想像だけれど、おそらく別れ際に店長は「僕と橘さんは、どっちも下人だったんだ」というようなことを、あきらに伝えたのではないのかな、と思った。

それが「雨やどりしてただけだよ」という台詞につながるのだ。

「雨やどり」していた場所は、ガーデンであり、店長の自宅であり、店長のあたたかい心であり、一時的にも恋をしていた自分の気持ちであり……そういったさまざまなものを指していると僕は考える。

長い人生の中で、わずかな時間を過ごした雨やどり。でもそこで過ごした時間はとても貴重で、新たなステップを踏み出すための勇気を得られた場所であり、今後の人生にプラスに働けばいいなぁと思わせるような場所だった。

あきらは「ガーデン」を辞め、本当に打ち込みたい場所である陸上のフィールドで躍動する。

そしてあの雪から雨に変わった日に、店長のプレゼントした傘。ラストであきらが晴天の下、陸上のユニフォーム姿で傘をさすコマには、はっとさせられた。

雨傘ではなく日傘。雨上がり。

心の動き、二人の関係、作品タイトル……そのすべてが、この日傘に集約されている。

この物語は、入道雲のかかる青い空の下、店長の書いた小説用のメモの一節で綴じられる。

八月のツバメ

その地にとどまって、得る幸せもあったかもしれない

仲間たちのことも忘れて……

けれど

彼女は恋をしていた

青い夏の、雨上がりの空に

最終巻の表紙だけ、あきらが笑っている。

これが、現在のあきらの心のありようを表しているのだと思う。

そして最後のコマの青空は、カラーページになっている。色づいた季節の続きが新たに始まるように。

終盤の展開はやや駆け足な印象があったのと、他キャラクターたちのエピソードをもう少し丁寧に描いてほしかったなという部分は残るものの、総じて完成度の高い物語だった。

結末を読者に投げた、という意見もあるようだけれど、しっかり描ききっていると僕には思えた。何はともあれ、作者にはありがとうと伝えたい。

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