『惡の華』『ぼくは麻理のなか』等、ディープな世界観を構築する鬼才・押見修造がビッグコミックスペリオールで連載中の『血の轍』。
「轍(わだち)」とは何か。
車の通ったあとに残る車輪の跡(大辞泉)
本作品のタイトルから推しはかるに、「逃れられない血縁」といったところだろうか。
『血の轍』あらすじ
母・静子(せいこ)からたっぷりの愛情を注がれ、平穏な日常を送る中学二年生の長部静一(おさべ・せいいち)。
しかし、ある夏の日、その穏やかな家庭は激変する。母・静子によって。狂瀾の奈落へと!
というのが一巻冒頭のあらすじ。
押見氏の作風からして、あらすじにある「たっぷりの愛情」という表現が、すでに皮肉を孕んでいることが察せられる。
さっそくややネタバレレビューにいってみよう! ※一部、イメージを伝えるために作中画像を引用していますが、すべての権利は著者に帰属します。また、「やや」と言いつつ結構な部分をネタバレしていますので、未読の方はご注意ください。
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『血の轍』ややネタバレレビュー
1~2巻
冒頭、母親(静子)に手を引かれる子(静一)のシーン。
横たわる猫を見つけ、触る子供。しかし、猫は死んでいる。「どうして?」と尋ねる子供に、母親は微笑を返す。

今後の不穏さを表す、実に印象的な幕開けだ。
平穏な日常が描かれるが、どこかがズレている。静子が静一を起こす時に首筋に触れたり、朝食の選択肢が「あんまんか肉まんのどちらか」だったり。
静一の学校での生活は普通の中学生といった感じだ。男子生徒とふざけあったり、吹石(由衣子)という女子に気がある様子も描かれている。

しかし、どこかおかしな日常が始まる。
静子の義姉とその息子が「また」自宅に来るという。
義姉としげるは毎週のように土日になると遊びに来る。これは普通ではない。
遊びに来る義姉と従兄弟の「しげる」。ある日、そのしげるから言われる。「静ちゃんちって、過保護」だと。
そして夏休みには去年も行ったという登山に行こうと誘う。
静子は「いいですねぇ~」と笑って同意する。
しかし、この親戚づきあいによって、静子は静かに壊れていく。
いや、もとから彼女はどこか壊れていたのかもしれない。それが徐々にその度合いを大きくしていき、やがて破滅的な行動を取るに至る。
夏休み前の最後の日。
吹石が静一と一緒に帰りたいといって、一緒に帰ることに。この時点で、吹石も静一のことが好きなのだとわかる。そして、今度家に遊びに行きたいという吹石。
従兄弟がよく遊びに来るし、ママに聞かないとわからないと言う静一。わかったら電話をするという約束をして別れる。初々しい様子の彼女とは裏腹に、読み手である僕の胸が小さく痛む。
父の親族との登山のシーン。
静子が「過保護」であることを殊更に強調され、気にする静一。
登山の途中で、しげるが小用に静一を誘う。崖の先でおどけるしげる。
その場に、静子が現れる。帰りが遅いから見に来たという。それでも崖先で調子に乗るしげるだったが、バランスを崩しそうになる。
駆け寄って抱きかかえる静子。しかし、一度は引き戻そうとしたしげるを、静子は突き飛ばす。

数十メートルはあると思える先に落ちるしげる。その時、静子はうっすらと笑みを浮かべていた。かつて猫の死体を見た時と同じ笑みを。

ここでこの微笑を持ってくるあたりに、押見修造の本領がある。
大騒ぎになるが、すべてを見ていた静一の前で、静子は「間に合わなかった」と義姉たちに嘘をつく。
慌てて崖下に下りていく親族たち。残された静子に近づく静一。すると、茫然と独り言を呟く母の姿がそこにあった。

壊れゆく母。呟く内容は、結婚後の生活に対する絶望のような、呪いの言葉のようなものだった。
「ぎゅっとして」という母の要求に応える静一。
二人で崖下に向かう。しかしそこに待っていたのは、静子にとってはあまりに意外な結果だった。
しげるは生きていた。
木がクッションとなったようで、意識は朦朧としているが死んではいなかったのだ。
救急隊がかけつけた後、静子は静一に向かって「たすけて…」と呟く。これが静一にとって思い足枷となる。

病院に警察が来て、落下時の状況を静子に聞く。静子はしげるが勝手に落ちたと説明。しげるも警察に問われるが……「ママの言う通りです」と答える。

苦悩する静一。
そんな折に、自宅へ吹石がやってきて、静一に手紙を渡す。
ところが、その手紙を静一が読む前に、静子に見つかってしまう。取り上げ、先に読む静子。その手紙を、静一にも読ませる。そこには、吹石からの告白の文面がつづられていた。
しかし、静子は「受け入れられない。この手紙、捨てていい?」と言い、静一と抱き合う。
静一は泣きながら、「ママ、どこにも行かないで」と懇願する。それを受けて静子は「これ(手紙)、一緒に破るんべ」と、静一に片方を持たせて、ズタズタに破く。

そして静子は、静一の唇に自分の唇を合わせる。
静一の恍惚の表情で2巻が終幕する。
静子の「試し行為」はすさまじいものがある。この作品のテーマは「毒親」だそうだが、まさに「毒になる親」そのものである。
反面、静子にも同情の余地はある。それが3巻で徐々に紐解かれていく。
3巻
静一とキスをしたこの時から、静子はしげるの見舞いを初めて断る。
夫に「私がどんな思い出いたのかなんて、なーんにもわかんないだいね」と言い、激しく激高する。
夫が出て行くと、「お昼どうしよ? 寿司でもとっちゃうかい?」と鼻歌交じりで部屋をあとにする。
明らかに精神的に不安定な様が描かれていく。
ところが同時に、静一の心も壊れ始める。その発露として、ひどい「吃音」となってしまうのだ。
夏休み明けに登校するが、吃音は治らない。手紙を読んでくれたか聞きたい吹石が、その症状に気づき、心配の声をかける。

だが、この後静一は涙を流し、吹石の手を振り切って駆け出してしまう。
自宅に帰ると、両親が言い争いをしていた。そこで静一は静子の言葉を聞いてしまう。

毒親の特徴として、「あんたなんか産まなきゃよかった」という台詞があるが、間接的にせよ、静子は静一にこの言葉を投げてしまったことになる。
続けて、
「静一がいるから、まだいるだけ。静一がいなければ、私はとっとと消えてた。あなたとも別れて。とっくに。(中略)生まれる前に戻りたい。全部消したい。あなたも静一も。私も全部。何の価値も無い」
とまで言い切る。
これが静子の本心だろう。「血の轍」から逃れられなくなった静子は、しかし自らもその轍を作り出し、静一を取り込んでいくことになる。
憤慨する夫は部屋から出て行く。残された静子は、幼い頃の静一がそこにいるかのように、独り言を呟き続ける。
その姿を見て、静一はその場を離れる。
父に誘われてしげるの見舞いに行くが、そこにはほぼ植物状態になったしげるがいた。ショックを受けた静一は、自宅で静子に詰め寄る。
「僕を産んだから……僕のせいで、ママはひとりぼっちなん?」
「どうして、しげちゃんをつきとばしたん!?」
「どうして、みんなに嘘ついたん」
「ママ、逃げないで!」
初めて母にぶつけたであろう心からの叫びに、静子はこう答える。
「じゃあ、ママ死んでいい?」と。

静一の手を、自らの首に持っていくが、すぐに静子は静一の首に手を掛ける。しかし起き上がり、「なまいき言わないで。いっちょまえに。こどものくせに」と言い放ち、3巻は終了する。
静子は自分の命を脅しの道具に使う。これはターゲットをコントロール下に置くための、常套手段だ。だが静子にとっては当然の行為であり、悪意があるわけではないのだろう。自分ですら知らぬうちに、このような言動を取ってしまうのだ。
しかし、あからさまな悪意があるほうが、まだ救いがあるように思える。なぜなら静子は駆け引きなどしていない。そこにあるのは、「自動的な支配」なのである。
壊れゆく母子、そして家庭。
なお、毎巻末に、静一の写った写真がおさめられているアルバムが描かれている。生まれてから、徐々に成長していく静一。そして3巻末には静一の描いた静子の絵が。
この絵を見た瞬間、思わず目頭が熱くなってしまった。

4巻
相変わらず言葉の出ない静一。クラスメートに静子といるところをからかわれ、キレてしまい教壇を蹴飛ばして穴を開けてしまう。
教師たちに叱られ、消沈する静一は広場のベンチに座り込む。そこに吹石が登場する。吹石は父とよく喧嘩をするという話をし、そこから二人は急接近する。
静一にとって、吹石の存在は救いの女神に見えたことだろう。この日、静一は吹石からもらったラブレターのことを伝え、それに応える形で「つきあって」と告白する。

顔を赤く染め応諾する吹石。静一の勇気を称えたくなった瞬間だ。
そしてこの日を境に、静一は声を出せるようになっていく。明らかに精神的な問題で症状が現出していたのだが、徐々に快方へと向かう。
しかし、幸せな時間は長くは続かない。静子は静一の帰りが遅いことと、「いい匂いがする」と言って疑いを持ち始める。

そして、静一と吹石が会っているところを突き止められてしまう。

「見たわよ!」という台詞はもちろんだが、このシルエット、それも自転車に乗ってという画が恐怖に拍車を掛ける。さすがの構図だ。
逃げる二人。追う静子。
ところが追い詰められた静一は、吹石を守るため、静子の前に立ちはだかる。そして「おまえなんか、いらない!」と反抗するのだ。
衝撃を受けた静子は自傷行為に走り、自分の指の爪を噛んで割ってしまう。滴る血。その指を見て、静子の表情はかつてのあの表情に移ろう。

静子はこの場を去るが、吹石は言う。
「逃げなきゃ。私と逃げよう。お母さんから」。
静一にとって吹石は、おそらく初めてといっていい恋の対象だ。そして大切な人へと変化していく気持ちがよくわかる。
ただ気になるのは、吹石も家庭に問題を抱えており(父子家庭で、父は酔うと暴力を振るい、よく喧嘩になる)、彼女自身もどこか危うい存在のように思えるという点だ。
静一は自立したかにみえて、母親の静子から恋人の吹石に依存していってしまうのか。
5巻
その後、吹石は自宅の自分の部屋に静一を連れて行き、ベッドで一夜をともにした。もちろん吹石の父親ら家族はそのことを知らない。
翌朝(土曜日)、静子は吹石の自宅を訪れ、吹石と彼女の父親の前で取り乱す。
静子は後悔の念を吐き出して泣きわめく。その様子を静一は影から見ていた。すべて「私のせい」だと自分を責める静子を前に、静一の心が明らかに揺さぶられる。

静子の言動はほとんど演技のようですらあり、自責の念を他者(静一)に見せつけることで同情を誘っているようにも見える。
静子はこの場を後にするが、(静子の狙いどおり?)静一の心にはその姿がくさびのように打ちこまれた。
直後、吹石の父親に静一の存在がばれてしまい、吹石はラジカセを父親の頭に投げつけ、静一を連れて逃げる。
吹石とともにいても、結局のところ終始吹石のペースで事は進んでいき、静一の意思はどこにも介在する余地はないのだ。
そしてトンネルの中で身を預けようとする吹石を前に、静一の頭の中は静子一色に塗られてしまう。

静一は「もう…やめる…」と言い残し、吹石をその場に置いていってしまう。初めて自分の意思を明確にした静一のように思えるが、これは果たして本当の意思と言えるのだろうか。
6巻
6巻では、自宅に帰ろうとする静一のもとに、静子が現れます。自宅に戻り、静子はいとこの「しげちゃん」を突き飛ばしたのではなく、彼は自分から落ちたと涙を流しながら大仰に説明。


このように、静一の記憶の改ざんに成功する静子。上は「静子が突き飛ばした」正しい記憶。下は「静子が間に合わなかった」、改ざんされた記憶だ。
その後、吹石の件になると静子は豹変して、静一を家から追い出す。涙ながらに訴える静一。精神的に追い詰め、吹石とは会わないよう仕向ける静子。
「静子が嫌いな吹石を嫌いになる」ことで許しを得る静一。実に巧みな精神操作だ。
ところが、巻の終盤で「しげちゃん」の意識が戻った報せが届く。家族で見舞いに行くが……というところで本巻は終了。
今回もあっという間に読み終えてしまいました。いったいどうなるのか。続きが気になってしょうがない……。
※第7巻の発売予定日は2020年2月末発売の予想です
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