「虹を待つ彼女」あらすじ
第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。
小説の舞台は2020年。ほんのちょっとの未来。
扱われる題材がAIやドローンといったテクノロジーなので、本書が発表された4年後には、作中の設定は実現できそうという期待を込めて書かれたのだろう。
二〇二〇年、人工知能と恋愛ができる人気アプリに携わる有能な研究者の工藤は、優秀さゆえに予想できてしまう自らの限界に虚しさを覚えていた。
そんな折、死者を人工知能化するプロジェクトに参加する。
試作品のモデルに選ばれたのは、カルト的な人気を持つ美貌のゲームクリエイター、水科晴。
彼女は六年前、自作した“ゾンビを撃ち殺す”オンラインゲームとドローンを連携させて渋谷を混乱に陥れ、最後には自らを標的にして自殺を遂げていた。
晴について調べるうち、彼女の人格に共鳴し、次第に惹かれていく工藤。やがて彼女に“雨”と呼ばれる恋人がいたことを突き止めるが、何者からか「調査を止めなければ殺す」という脅迫を受ける。
晴の遺した未発表のゲームの中に彼女へと迫るヒントを見つけ、人工知能は完成に近づいていくが――。
というのが序盤のあらすじ。
自ら作りだしたオンラインゲームとドローンを連携させ、ゲーマーに自分を殺させるという衝撃的な冒頭は魅力的。
そして彼女を人工知能として再現するというプロジェクト。この設定もストーリーの推進に貢献している。
主人公は超優秀プログラマーの工藤。彼は頭が良すぎて、何でも予想できてしまうのだ。キャラクター造形も良い。
ややネタバレ感想
ただ、優秀すぎる主人公の思考と行動に、読者がついていけるかというと、諸手を挙げて賛同はできない。
頭の良すぎる主人公にありがちな、行動原理が理解できないのはともかくとして、なぜ一度も会ったこともない少女にそこまで惹かれていくのか、納得できる説明はない。
恋ってそんなもの、と言われればそうだが、彼女はすでに死んでいるのだ。蘇らせるといっても、AIにすぎない。感情移入するのに、しかるべき理由は欲しいところ。
彼女に恋をし始めた工藤が、ただただ前のめりに突っ走っている印象を抱かせてしまう。
読者によっては、置き去りにされている感覚を持ってしまいそう。そのため個人的には最後の第三部が、一番物語から遠く離れたところから読み進めてしまうことになった。
つまり工藤に共感できなかったのである。
また、終盤に同性愛が出てくるが、安易にこの手の問題を絡めてくるのもいただけない。
正直、LGBTを扱う小説や創作物はとても多いので、「またか……」と思われても仕方のないところ。逆に、あまりそうした展開を目にしたことのない人には、意外性をもって受け入れられるかもしれない。
総評
と評してみたものの、テクノロジーを利用したトリックやピンチの乗り切り方は、魅せるものがある。
ストーリー全体の流れは良いし、エンターテインメントとしてはとても優れていると感じた。
新人賞の受賞作としては、たいへん読み応えがある。