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『沸点桜(ボイルド・フラワー)/北原真理』ややネタバレ読書レビュー、感想

「沸点桜(ボイルド・フラワー)」あらすじ

2017年の第21回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

歌舞伎町の風俗店<天使と薔薇>でセキュリティをするコウと、淫乱で狡猾な美少女ユコは、わけあって闇の世界から逃亡し海辺の団地に潜伏する。

危ない女とやっかいな女の奇妙な共同生活。生まれ変わった女二人に安息の日々はくるのか。熱量とスピード感に圧倒される受賞作。

というのが序盤のあらすじ。

1993年と2017年の視点が出てくるが、大半は「1993年」の出来事を綴る。

文体、作風はノワール、ハードボイルド。文章はやや硬く、比喩表現も大仰なものが多い。軽いタッチを想像すると、重い表現の連続に痛い目に遭いそう。

女性二人の逃避行ということで、主人公とそれに準ずるキャラクターは対照的。周囲を固める脇役は、ハードボイルドだけに闇世界の住人らしい造形。そして逃避先にいる人々は基本的にいい人。

ある意味定番という感じの登場人物たちだ。



ややネタバレ感想

強い女「コウ」と、したたかな女「ユコ」。先ほども述べたが、じつに対照的に描かれている。

冒頭で唐突に非現実的なアクションが展開され、ここで物語に入っていけないときついかもしれない。また、ミステリーを読み慣れている人には「先が読めてしまう」導入か。

逃避行中の生活描写がやや長く、中だるみ感が多少ある。

しかし、選評にもあるように、物語全体を「熱量」で押し切っていく。

硬かった文章も、中盤くらいからさほど気にならなくなり、苦もなく読み進められた。比喩表現はたまに首を傾げる箇所はあるが、物語を冷めさせるほどのものではない。

ただ、別作品の感想にも書いたが、本作も同性愛が出てきた。同性愛がどうのと言うのではなく、小説としては今やありきたりな設定なので、「またか…」となってしまうのだ。

こちらは物語の本筋にそこまで影響はないものの、詰め込みすぎといった印象に繋がるし、もう少し他の設定で何とかできなかったかと思ってしまった。

ラストのどんでん返しも、ある程度予想はできる範疇だし、よくある展開でもある。また、戸籍取得や死んだはずの人が別人だった、というあたりは特段納得のいく説明がなくて雑な扱い。

ラストシーンの曖昧さ

そしてひとつ言いたいのは、最後の場面は書き切って欲しかったということ。

24年もの時が経た後に、彼と会う説明がないし、ラストで読者に対しても落とし前をつける必要はあったのではないか。

「ここで終わらせちゃうのか」という残念な気持ちになった。

物語の結末を読者に委ねるという方法は多くの作品で採用されているが、新人賞なのだし思い切って最後の最後まで突っ走ってほしかった。

ここまで高い熱量で書き切ってきたのに、最後で冷却水にぶち込まれてしまった気分になった。

おそらくコウは彼を撃つのだろうと思われるが、その成否と、コウの人生の後始末は、はっきりさせてほしいと感じた。

あと、ラスト前後のユコの扱いがあんまりで、かえって興ざめしてしまった。

ああいう精神状態にしたかったのはわかるけれど、あの展開であれはむしろ安易すぎるし、何か別の方法であの精神状態にする手はなかったのかなと自問すらしてしまうほどだった。

総評

と評してみたものの、熱量の高さを持続し、広げた物語を何はともあれ収束させた力は、今後も期待できそう。

ただ、書きたい物語を書いてしまったように思えるので、次作以降に同じ熱量を保てるか、そこが試されるところかもしれない。

少々厳しめに書いたが、新人賞の受賞作としては読み応えがあって、総じて楽しめた。

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